2016
01.09

死ぬというのはどういうことか。

Category: 日々のこと
こどもの頃、怖かったことがある。


火葬されてる途中に、
棺桶の中で目覚めたらどうしよう。

そう思ってた。


それがすごく怖かった。


去年、
身近な人を亡くし、
「死ぬ」ということを改めて感じ、考えた。


「死」って終わりのイメージがあるけど、
実は違って、

「死」ってつながってる線のひとつのポイントなのかな、
って思う。

タスキの受け渡し地点、みたいな感じかなー。


だから、
「死」は終わりじゃなくて、継続。


生きてる間は全然意識してなかったけど、
亡くなった人の想いとか、習慣とか、
その人から教えてもらったこととか、
そういうのが染み込んで、
今のワタシが作られているように感じる。


次にワタシが死ぬときには、
その前に亡くなった人の想いとかが混じったワタシの想いが
次の人に染み込んで、
また続いていく。


汗が染み込んだタスキみたいかも。

でも、
リレーと違うところは、
「死」の場合はそのタスキが1人の人だけに渡るんじゃなくて、
何人もの人に渡せるとこ。


実際、
おばあちゃんのおはぎは
私だけじゃなくって、
叔母にも、母にも、従姉妹にも、娘たちにも伝わっているから。


大きいあばあちゃんとおはぎ作り

だから、きっと、
ワタシの体には汗が染みたタスキがいくつもかかってる。
見えないけど。



見えないからこそ、
お墓があったり、
法事があったりして、
そういうことを思い出すきっかけがあるのかもなー。


棺桶の中で目覚めるのはやっぱり怖いけど、
「死」は怖くないように思える。


おばあちゃんのお茶碗を形見にもらって、
そんなことを考えた。
おばあちゃんのお茶碗
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